(1)企業概要
・世界最大企業にのぼりつめた。実際には2年くらいでシスコなどにトップの座を渡したと思う。
・独占禁止法問題を抱えていた。
・無借金経営を続けた。
・とあるOSの所有権を買い取り、これに改良を加え「DOS(ディスクオペレーティングシステム)」を発表し、IBMに納品した。これが会社の大躍進。
・革命の流れを読み間違え、「インターネット」軽んじたことは大きな失敗みたいだ。
・マイクロソフトの風通しはよく、社員がビルゲイツに直接メールを送ることができる。
・オフィスの収益が良いようだ。オフィスはバージョンが変わるとかなり変わり、使い勝手が悪くなる。利用者からの不満の声も聞こえる。これも含めて戦略なんだろう。なにせ古いバージョンはサポートしなくなるわけだから、セキュリティを恐れる企業は最新版を買うしかない。
ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)
梅田 望夫 筑摩書房(2006-02-07)
この本には、マイクロソフトに関して以下の記述がある。
「「抜群に優秀な連中だけを集める」ということに情熱を燃やし、それを徹底的にやった最初の経営者はマイクロソフトのビル・ゲイツであった。」

(2)ビルゲイツ氏
・日本のセンター試験的な試験で、満点をとるほどの天才だそうだ。日本には、センター試験で満点の人材はいないのではないだろうか。
・ビルゲイツは中学校で始めてコンピュータを触った。
・最初のコンピュータプログラム「三目ならべ」を作ったとき、13歳。
・服装に無頓着、典型的なオタクだったとのこと。
・祖母のガムが本をよく読んで聞かせた。その影響が強く、ビルゲイツはむさぼるように本を読んだ。図書館の読書コンテストではいつも一番。本を読むことでビルゲイツの興味が大きく広がった。
・雑誌の「アルテア8800」のマイクロコンピュータ組み立てキットをみて感動を覚え。アルテマ8800用のBASICプログラムを5週間で作り上げ、メーカーに売り込んだ。
・孫正義氏とは親友。二人は上記の雑誌で別の場所にいながら共感を覚えた。
・ハーバード大学中退
後に、CEOの座をスティーブ・バルマーに譲った。
帝王ビル・ゲイツの誕生〈上〉学生起業家篇 (中公文庫)
スティーヴン メインズ 中央公論新社 (2000-12)

ビルゲイツの生い立ちからが事細かく書かれてある。
おもしろい本ではあるが、字は小さいしボリュームもあり、上下巻なので、気合いを入れて読む必要がある。


志高く 孫正義正伝 完全版 (実業之日本社文庫)
井上 篤夫 
実業之日本社(2010-12-04)
この本には、以下のように書かれてある。
「日本の共通一次のような大学入学試験で、ゲイツは八〇〇点満点のところ、八〇〇点を取ったという。まさに天才といっていい頭脳の持ち主だ。八〇〇点と七九九点とでは、天と地ほどの開きがある。七九九点という点数はそこに限界が見えたということだが、八〇〇点には限界がない。」


(3)スティーブ・バルマー氏
ハーバード大学時代に、ビルゲイツと同じ学生寮にすんでいた。2000年にビルゲイツから社長を引き受けた。
どこかの新聞だったかと思うが、「苦労しても我々は必ず成功する」と社員に熱く語っていた。
逆風を生きぬく革命者たち
朝日新聞be編集部 朝日新聞社(2006-02-07)

「「ナンバー1であることは、ナンバー2であることとこれだけ違うのか」というコメントが印象的。どこかの本にも似たようなことが書かれてあった。たしか「社長と副社長の差は、副社長と運転手よりも大きい」だったかと思う。
(4)ポールアレン氏
・ビルゲイツを誘ってマイクロソフトを設立
・ビルゲイツに劣らない豪邸をたて、NBAのトレイルブレイザーズのオーナー

(5)書籍
以下の本は面白かった。孫さんの本を書かれている井上氏の本だ。
井上 篤夫 ベストセラーズ (1987-06)
引用したい記事は山ほどあるが、2つだけ。
「たしかに少しは才能があるかもしれない。けれどもプログラミングは、とても時間のかかる仕事なんだ。よほど根気がないとつづかない。」 → その努力を続けられたのがすごい。努力できることが才能というが、その通りだろう。
「野心家であると同時に分析家のゲイツは、自己をこう分析してみせる。「これからも、お金のために働くということはない。しかしそれだけでもお金が得られたことはよかった」」 → こんなかっこいいセリフを言ってみたい。私なら、「欲しいものが変えるから、お金が得られたことはよかった」と言いそうだ。